路上ライブから1800人満席へ。40代アーティストが実践したコンサート集客の方法
2026/03/18(更新 2026/10/01)
和胡奏者・里地帰さんは、当時の最大集客が約300人という状態から、福岡最大級のホール「アクロス福岡」1800席を満席にしました。
決め手になったのは2つ。コアなファンに「一緒に夢を支えてくれる支援者になってほしい」と呼びかけたことと、公演1ヶ月前に400席が残っている現状を正直に発信したことです。
この記事では、路上ライブで学んだこと、二胡から和胡への転身、1800席満席までの道のり、coromを始めた理由、同じように悩むアーティストへの言葉をお届けします。
この記事の結論
- 路上ライブで3日間誰も足を止めなかったとき、プロミュージシャンから「何がダメなのか全部書き出して、一つずつ改善しろ」と言われたことが出発点でした。
- 座ったまま下を向いて歌うのをやめ、立って歌うように変えただけで視界が広がり、人の流れや立ち止まりそうな人が見えるようになったといいます。
- バーでの演奏では、自分の選曲では誰も聴かず、客に勧められた曲を弾いた途端に店内が大合唱になりました。「今ここにいる人たちが、どんな曲なら聴きたくなるか」という視点です。
- ギターで1000人規模まで育てたファンは、二胡へ転身した直後に50人まで減りました。そこから3年かけて少しずつ増やしています。
- 1800席の集客では、ただの観客ではなく「一緒に夢を支えてくれる支援者」になってほしいと呼びかけました。
- 公演1ヶ月前に400席が残ったとき、「このままだと満席になりません。力を貸してください」と現状を正直に発信。そこから席が埋まりました。

路上ライブが教えてくれたこと
音楽の原点は、小学4年生の頃。 「自分から習いたい」と言って始めたクラシックギターでした。 それから、音楽はずっと趣味として続けていました。
そんな中、大学で理系学部に進んだことがきっかけで、次第に学業についていけなくなってしまいます。 そして大学2年の頃には、通えなくなってしまい、外にも出なくなり、軽い引きこもり状態に。
そんな時、ふと思い出したのが、毎年夏に京都のおばあちゃんに会いに行く習慣でした。
「こんな状態だけど、行ってみよう」
そう思い立ち、ギターを担ぎ、原付バイクで東京から京都へ向かうという無謀な旅に出ます。 途中、静岡・浜松でガス欠になり、お金も尽きてしまいました。 そこで初めて挑戦したのが路上ライブでした。
路上で演奏するときの許可の考え方は路上ライブに許可は必要?にまとめています。
ところが、3日間歌い続けても誰一人足を止めてくれません。 そんな時、プロミュージシャンが声をかけてきました。
「お前、それ本気でやってるのか?」
そしてこう言います。
「何がダメなのか全部書き出して、一つずつ改善しろ」
振り返ると、自分は座ったまま下を向いて歌っていました。 そこで次の日、立って歌うように変えてみました。 すると視界が広がり、人の流れや立ち止まりそうな人が見えるようになります。
さらに「歌う場所も変えてみよう」と、繁華街のバーで演奏させてもらうことにしました。 一曲目、自分の選曲で歌ったものの、誰も耳を傾けてくれません。
すると一人の客が声をかけてきました。
「今ここにいる人たちが、どんな曲なら聴きたくなるか考えた方がいい」
勧められたのは、欧陽菲菲の「ラヴ・イズ・オーヴァー」。 その人が白いナプキンに書いたコードをなぞるのがやっとの状態。
しかし、バーの空気は一変。 店内は大合唱となり、大きな盛り上がりに包まれ、涙を流す人もいたそうです。
そのたった一度の演奏で、東京と京都を何往復もできるほどのガソリン代が集まりました。 この体験が、里地帰さんの音楽人生の原点になりました。

二胡から生まれた「和胡」
その後、ギターでプロ活動を始め、1000人規模のライブを開催するまでになります。 しかし30歳を前に、「このまま続けられるだろうか」と悩み始めました。
そこで思い出したのが、中国旅行中に強く心を惹かれた「二胡」でした。 帰国後すぐに二胡を手に入れたものの、思うように弾けず、時々触る程度になっていました。
しかし悩みの中で、もう一度二胡を手に取ってみます。 すると、そのとき初めて「綺麗な音が出た」と感じたそうです。
「この楽器に、賭けてみよう」

思い切ってギター活動をすべて止め、ゼロから二胡を学び直す決断をします。 すると、一時は1000人いたファンが50人に減少。 それでも演奏を続ける中で、3年の期間をかけて少しずつファンが増えていきました。
そんな中、二胡奏者として台湾で演奏する機会を得ます。 現地では、日本の童謡や唱歌のリクエストが多く寄せられました。
しかし、日本の曲を演奏すると、二胡の音色が少し華やかすぎると感じたのです。
「日本人の感覚に合う音が出せる楽器を作れないか」
そうして試行錯誤の末に誕生したのが、独自に製作された楽器 「和胡(わこ)」 です。
1800人ホール満席への挑戦
和胡が誕生してから、およそ10年。 里地帰さんの中で、この楽器を未来へつなげたいという思いが強くなっていきました。
「和胡を、日本の伝統楽器へ」

しかし、和楽器の定義を調べてみると、そこには「日本で長い年月育まれてきた楽器」という意味があり、多くは200年以上の歴史を持っています。
つまり、生きている間に、この夢が完成することはありません。 それでも里地帰さんは、こう語ります。
「すごくうれしかったんです。一生かけても叶わない夢って、ロマンがあるなって」
だからこそ、次の世代へつながる実績を残したい。 そして掲げたのが、世界的なコンサートホール『カーネギーホール』で和胡の公演を行うことでした。
その第一歩として挑戦したのが、福岡最大級のホール『アクロス福岡(1800席)』でのコンサートでした。
しかし当時の最大集客は約300人。 満席は遠い目標でした。
満席までの経緯を整理すると、次のとおりです。
| 時期 | 状況 | 打った手 |
|---|---|---|
| 挑戦を決めた時点 | 最大集客は約300人 | 1800席のアクロス福岡での公演を発表 |
| 準備期間 | コアなファンに協力を求める | 「一緒に夢を支えてくれる支援者になってほしい」と呼びかけ |
| 公演までの1年 | 草の根の演奏活動を継続 | 演奏の場ごとに公演を広めていく |
| 公演1ヶ月前 | 400席が残っていた | 現状を正直に発信し、協力を求める |
| 公演当日 | 1800席が満席に | ― |
そこで里地帰さんは、コアなファンにこう呼びかけます。
「このコンサートを成功させたい。その先にカーネギーホールの夢があります」
ただの観客ではなく、一緒に夢を支えてくれる“支援者”になってほしいと呼びかけたといいます。集客の打ち手全般は個人アーティスト集客の極意、ソロ公演の動員はソロライブの集客で扱っています。
さらに1年間、草の根の演奏活動を続けながら公演を広めていきます。 しかしコンサートの1ヶ月前、まだ400席が残っていました。
「本当に心が折れそうになりました」
できることはすべてやってきたのに、席が埋まらない。 そこで里地帰さんは、現状を正直に発信するという決断をします。
「このままだと満席になりません。どうしても成功させたいので、力を貸してください」
弱みを見せることに迷いもありました。 しかし、この発信をきっかけにこれまでとは違うスピードで席が埋まり、アクロス福岡1800席は満席となりました。 目標と現在地を正直に伝えることが、大きな夢に届く力になったのです。 そして今、2027年のカーネギーホール公演に向けた挑戦が続いています。海外へ出る場合の基礎知識は海外ライブ・ツアーの始め方にまとめました。

挑戦の中で始めた「corom」
大きなホールでのコンサートに挑戦する一方で、里地帰さんはもう一つ新しい取り組みを始めました。 それが、オンラインライブプラットフォーム「corom(コロム)」です。
里地帰さんは現在、海外での活動も多く、1年の半分ほど日本を離れることもあります。 ニューヨーク、ヨーロッパ、日本各地。活動の場所が広がるほど、ファンと直接会える機会はどうしても限られてしまいます。
「次にリアルで再会できるのが、いつになるかわからないこともあるんです」
コンサート会場での再会の前に、もう一つの再会の場所をつくりたい。 それがcoromを始めた理由でした。
実際に始めてみると、会場に来ることが難しい人や、海外から参加する人も少しずつ増えてきました。
「届けたい人に届いている感覚はありますね」
距離があっても、音楽を通じてつながれる場所。 それが里地帰さんにとってのcoromなのです。
少人数で深くつながる配信の形はマイクロライブの始め方、オンラインでの集客は配信ライブで集客するには?で扱っています。

同じように悩むアーティストへ
音楽活動を続けていると、誰もが一度は迷う瞬間があります。 「このまま続けていいのだろうか」 「自分の音楽に意味はあるのだろうか」
そんな悩みを抱える人へ、里地帰さんはこう語ります。
「絶対に、一人ひとりにしか伝えられないものがあると思うんです」
かつてギターで活動していた頃、里地帰さんのテーマは「応援歌」でした。 引きこもっていた経験があったからこそ、同じように苦しむ人に向けて歌える言葉があったといいます。
そして現在は、和胡という楽器を通して 「未来の伝統文化を一緒に作りませんか」というメッセージを発信しています。
「その人のバックグラウンドが、音楽のテーマになると思うんです」
音楽の道に決まった正解はありません。 それでも、自分にしか伝えられないメッセージを持ち、音を届け続けること。 その積み重ねが、未来につながっていきます。
里地帰さんは、20歳の頃にかけられたあの言葉を、今も自分に問い続けているといいます。
「今、本気でやっているのか?」
coromは、音楽を諦めきれない人が、もう一度歩き出すためのステージです。
よくある質問
里地帰さんはどんな経緯で音楽を始めたのですか?
小学4年生のとき、自分から習いたいと言って始めたクラシックギターが原点です。その後も音楽は趣味として続いていました。
大学で理系学部に進んだあと学業についていけなくなり、2年の頃には通えず外にも出ない状態に。その時期に京都へ向かう旅の途中、浜松でガス欠になりお金も尽きたことから、初めて路上ライブに挑戦しました。
路上ライブで人が足を止めなかったとき、何を変えたのですか?
3日間誰も足を止めなかったとき、プロミュージシャンから「何がダメなのか全部書き出して、一つずつ改善しろ」と言われました。
振り返ると、座ったまま下を向いて歌っていたそうです。翌日から立って歌うように変えたところ、視界が広がり、人の流れや立ち止まりそうな人が見えるようになったといいます。
バーでの演奏から何を学んだのですか?
一曲目を自分の選曲で歌っても、誰も耳を傾けませんでした。そこで客から「今ここにいる人たちが、どんな曲なら聴きたくなるか考えた方がいい」と言われます。
勧められた曲をコードをなぞるだけで演奏したところ、店内は大合唱に。たった一度の演奏で、東京と京都を何往復もできるほどのガソリン代が集まったそうです。
ギターから二胡へ転身したとき、ファンはどうなりましたか?
ギターで1000人規模のライブを開催するまでになっていましたが、ギター活動をすべて止めて二胡を学び直す決断をした結果、ファンは50人に減りました。
それでも演奏を続け、3年かけて少しずつファンが増えていったといいます。
「和胡」はなぜ生まれたのですか?
二胡奏者として台湾で演奏した際、日本の童謡や唱歌のリクエストが多く寄せられました。しかし日本の曲を演奏すると、二胡の音色が少し華やかすぎると感じたそうです。
「日本人の感覚に合う音が出せる楽器を作れないか」という問いから、試行錯誤の末に独自の楽器「和胡(わこ)」が生まれました。
1800席を満席にするために何をしたのですか?
2つあります。コアなファンに「このコンサートを成功させたい。その先にカーネギーホールの夢があります」と伝え、ただの観客ではなく一緒に夢を支える“支援者”になってほしいと呼びかけたこと。
もう1つが、公演1ヶ月前に400席が残っていた段階で、「このままだと満席になりません。どうしても成功させたいので、力を貸してください」と現状を正直に発信したことです。この発信をきっかけに、それまでとは違うスピードで席が埋まりました。
弱みを見せることに迷いはなかったのですか?
迷いはあったといいます。それでも目標と現在地を正直に伝えたことが、結果的に大きな夢に届く力になりました。
なぜ配信も始めたのですか?
海外での活動が増え、1年の半分ほど日本を離れることもあるためです。活動の場所が広がるほど、ファンと直接会える機会は限られます。
「次にリアルで再会できるのが、いつになるかわからないこともある」。コンサート会場での再会の前に、もう一つの再会の場所をつくりたいという理由でした。
実際、会場に来ることが難しい人や海外から参加する人も増えているそうです。
続けるか迷っているアーティストへの言葉はありますか?
「絶対に、一人ひとりにしか伝えられないものがあると思うんです」という言葉です。引きこもっていた経験があったからこそ、同じように苦しむ人に向けて歌える言葉があった、と振り返っています。
「その人のバックグラウンドが、音楽のテーマになる」。そして20歳の頃にかけられた「今、本気でやっているのか?」という問いを、今も自分に向け続けているそうです。
毎日配信をしても、お客さんは増えない。告知をしても、ライブの客席は空いたまま。新しい曲を作っても、誰にも届かない。
努力はしているのに、ほとんどの人が報われない。それが、多くのアーティストが直面している現実です。
「もっと集客を頑張れ」と言われても、簡単にできたら誰も悩んでいません。結果が出ないのは、才能でも努力不足でもなく、「届ける方法」を知らないだけ です。
コロム は、ファンと一体になれるマイクロライブ空間アプリ。
- 1ヶ月で50人規模のライブを完売
- SNSフォロワー数が5,000人を突破
- 副業から始めて、音楽だけで食べていけるようになったアーティストも
昇給を待つより、今の環境を変えるほうが早い。仕事があっても、地方に住んでいても、音楽を諦める必要はありません。
まずは、環境を変えることから。想像を超えるアーティスト生活を、コロムから始めてください。
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インディペンデントアーティスト編集部
「私たちは音楽を諦めない」というビジョンを掲げ、多様なジャンルのインディペンデントアーティストたちを紹介する オウンドメディアを運営しています。新たな才能を発掘し、アーティストの創造性を全面的に支援することで、 音楽の新しい形を創り出しています。マイクロライブ空間アプリ「コロム」運営。
