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コラム

仕事と両立しながら音楽活動はできる?地方×オンラインで人生が変わった選択

北海道で大工の仕事をしながら、オンラインライブで音楽活動を続けているシンガーがいます。“唄う大工さん”菊地攻次さん。

9回連続でアリーナ完売を達成し、現在は自主レーベルを立ち上げて活動しています。

ここに至るまでは平坦ではありませんでした。オーディションの落選、事務所での解散、そして原因不明で声が出なくなった時期。

一度は音楽そのものが嫌いになり、大工として起業しています。

転機はコロナ禍でした。地元の北海道へ戻った頃に声が戻り、「これがラストチャンス」と受けたオーディションに合格。

その先で出会ったのがオンラインライブという形でした。

この記事では音楽を手放した時期、再起のきっかけ、家族とファンとの関係の変化、そして同じように悩む人へのメッセージをたどります。

この記事の結論

  • 菊地さんは北海道で大工の仕事をしながら、オンラインライブで9回連続アリーナ完売を達成しました。
  • 高校時代のバンド活動でコンテストの最優秀賞とボーカル賞を受賞。それでもオーディションは落選が続き、事務所所属後も音楽性の違いで解散しています。
  • 原因不明で声が出なくなった時期がありました。話せるのに歌えない状態で、音楽そのものが嫌いになっています。
  • 最初のオンラインライブはチケット4枚、身内が買ってくれたものでした。そこから半年で55枚完売に到達します。
  • 続けられた理由は環境でした。応援し合う文化と切磋琢磨できる場が、「もっと届けたい」という意欲につながりました。
  • 当初「音楽は一切支えません」と言っていた奥様が、怪我による入院をきっかけに準備を手伝い始めます。支えないから共に作る関係へ変わりました。

歩みを、先に一覧にします。

時期 出来事
高校時代 バンドのボーカルとして活動を開始。コンテストで最優秀賞とボーカル賞
その後 オーディションで落選が続く
上京後 相棒と事務所所属を掴むが、音楽性の違いで解散
挫折期 原因不明で声が出なくなり、音楽から距離を置く。大工として起業
コロナ禍 地元の北海道へ戻った頃に声が戻る
再起 「ラストチャンス」と受けたオーディションに合格し、事務所所属
限界 毎日のライブ配信と仕事の並行に限界を感じる
オンラインライブへ 最初はチケット4枚。半年で55枚完売
現在 事務所を離れて自主レーベルを立ち上げ、9回連続アリーナ完売

ギターを手に歌う菊地攻次さん

夢を諦め、音楽が嫌いになった日々

菊地さんが音楽を始めたのは高校時代。 バンドブームに乗り、ボーカルとして活動をスタートしました。

コンテストでは最優秀賞とボーカル賞を受賞。 「プロを目指したい」と、本気で思うようになります。

しかし、現実は甘くありませんでした。

オーディションでは、あと一歩のところで落選が続きます。 仕事をきっかけに上京し、出会った相棒と事務所所属を掴むものの、音楽性の違いで解散。

ようやく見えた道は、あっけなく途切れました。

さらに追い打ちをかけたのが、原因不明で声が出なくなるという出来事でした。

「しゃべることはできるのに、歌うと全く声が出ない。 趣味ですら歌えないんだと思いました」

歌うことが好きだったからこそ、その現実はあまりにも苦しいものだったといいます。

次第に、音楽そのものから距離を置くようになり、やがて好きだったはずの音楽が嫌いになっていきました。

地方で活動を続ける選択については地方で音楽活動を続けるという選択もあわせて読めます。

音楽から離れ、大工として起業。

「夢は夢のまま終わるんだろう」

そう思いながら、日々を過ごしていました。

北海道の自然を背にしたアーティスト写真

「最後にもう一度」—coromとの出会い

転機はコロナ禍でした。 仕事をきっかけに地元・北海道へ戻った頃、不思議と声が戻ります。

「これがラストチャンスだと思いました」

そう決めて受けたオーディションに合格し、事務所に所属。 再び音楽の世界へと戻ることができました。

オンラインライブを配信する様子

しかし、待っていたのは毎日ライブ配信をする活動。 仕事と並行しながら続けていくことに、次第に限界を感じるようになります。

そんな中、SNSで出会ったのがオンラインライブプラットフォーム「corom」でした。

「正直、めちゃくちゃ怪しかったです(笑)でもやらないよりやった方がいいと思いました」

オンラインライブの始め方そのものはオンラインライブの始め方で扱っています。

最初のライブはチケット4枚、身内が買ってくれたものでした。

「これを毎月やるのか…正直キツいなと思いました」

無料のライブ配信に慣れていたファンからは、 「なんで事前にお金を払うの?」という反応も。

それでもやめなかった理由は、環境の変化にありました。

それまでの“バチバチな音楽業界”とは打って変わって、応援し合う文化・切磋琢磨できる環境の中で、「負けたくない」「もっと届けたい」という想いが加速します。

地道な発信と挑戦を続けた結果、スタートから半年でチケット55枚完売を達成。

集客の考え方はオンラインライブの集客方法は?にまとめてあります。 オンラインライブでの集客が自信へと変わり、 ついには事務所を離れ、自主レーベルを立ち上げる決断へとつながりました。

家族とファン、支えのかたちが変わった瞬間

coromを始めた理由の一つには、家族の存在もありました。 きっかけは、第一子の誕生。

大工の仕事をする様子

大工の仕事と音楽活動を両立する中で、リアルライブを続けていくことに限界を感じるようになります。 「子育てにもきちんと関わること」。それは、奥様との約束でもありました。

そうして選んだのが、リアルライブに近い形で音楽を届けられるcorom。 しかし当初、奥様からは「音楽は一切支えません」とはっきり伝えられていたといいます。

仕事と家庭を優先する中で、音楽はあくまで“個人の挑戦”。 そんな位置づけでした。

転機となったのは、コロムフェスへの出演を控えていたある出来事。 大工の仕事中に大きな怪我を負い、約1ヶ月の入院生活を余儀なくされます。

家族と過ごす時間

思うように準備が進められない中、奥様がフェスの準備を手伝い始めてくれました。 出演者とのやり取りから始まり、セットリストの確認や、オンラインライブの空間づくりへのアドバイスまで。

少しずつ、音楽活動そのものにも関わるようになっていきます。

“支えない”から“共に作る”へ。 家族との関係性は、大きく変わっていきました。

音楽が日常にある環境の中で育つ息子さんもまた、その変化の一部です。 歌の練習を聞きながら眠りにつき、保育園ではマイクを手に楽しそうに過ごしているといいます。

そして、支えになっているのは家族だけではありません。 ファンの存在です。

菊地さんのテーマは、一人でも多く音楽を届けることです。 その想いでオンラインライブを続ける中で、ファンの関わり方にも変化が生まれていきました。

ライブを拡散し、誰かにすすめ、新しい人を連れてきてくれる。 ただの“視聴者”ではなく、同じ目標に向かう仲間のような存在へと変わっていったのです。

同じように段階を踏んで満席を作った例は副業から始めた音楽活動にあります。

地方にいながら、家族との時間を大切にし、仕事も続けながら音楽を届ける。 そしてその挑戦を、共に広げてくれる人たちがいる。

オンラインという選択は、音楽と人生、その両方を諦めないための答えでもありました。

ステージで歌う菊地攻次さん

「人生が変わった」—同じように悩むアーティストへ

かつては、オーディションに落ち続け、声が出なくなり、音楽を手放した時期もありました。 それでも今、再び音楽を続けられているのは、環境を変え、“届け方”を変えたからでした。

「coromを本気でやれば、人生が変わる場所だと思います」

家族と過ごす時間も、仕事も、音楽も。 どれも諦めないという選択が、今はできています。

「地方だから難しい」 「仕事があるから続けられない」

そう感じている人にとって、菊地さんの歩みは、ひとつの答えを示しています。

音楽を続ける方法は、ひとつではない。 環境が変われば、選べる道も変わっていく。

少人数で深くつながる形はマイクロライブとは?で扱っています。

よくある質問

菊地攻次さんはどんなアーティストですか?

北海道で大工の仕事をしながら音楽活動を続けている、“唄う大工さん”と呼ばれるシンガーです。

オンラインライブプラットフォームで9回連続のアリーナ完売を達成し、現在は事務所を離れて自主レーベルを立ち上げています。

なぜ一度音楽から離れたのですか?

オーディションで落選が続き、上京後に相棒と掴んだ事務所所属も音楽性の違いで解散したためです。

さらに追い打ちをかけたのが、原因不明で声が出なくなったことでした。「しゃべることはできるのに、歌うと全く声が出ない。趣味ですら歌えないんだと思いました」。

やがて好きだったはずの音楽が嫌いになり、大工として起業しています。

どうやって音楽に戻ったのですか?

コロナ禍に仕事をきっかけで地元の北海道へ戻った頃、不思議と声が戻りました。

「これがラストチャンスだと思いました」と受けたオーディションに合格し、事務所に所属します。ただし待っていたのは毎日ライブ配信をする活動で、仕事と並行して続けることに限界を感じるようになりました。

最初のオンラインライブはどうでしたか?

チケット4枚、身内が買ってくれたものでした。「これを毎月やるのか…正直キツいなと思いました」と振り返ります。

無料のライブ配信に慣れていたファンからは「なんで事前にお金を払うの?」という反応もありました。それでもやめなかったのは、環境が変わったからでした。

続けられた理由は何ですか?

環境の変化です。それまでの「バチバチな音楽業界」とは打って変わって、応援し合う文化と切磋琢磨できる場がありました。

その中で「負けたくない」「もっと届けたい」という想いが加速します。地道な発信と挑戦を続けた結果、スタートから半年でチケット55枚完売を達成し、その自信が事務所を離れて自主レーベルを立ち上げる決断につながりました。

家族との関係はどう変わったのですか?

当初、奥様からは「音楽は一切支えません」とはっきり伝えられていました。仕事と家庭を優先する中で、音楽はあくまで個人の挑戦という位置づけでした。

転機は、大工の仕事中に大きな怪我を負い、約1ヶ月の入院を余儀なくされたことでした。準備が進められない中、奥様がフェスの準備を手伝い始めます。

出演者とのやり取り、セットリストの確認、オンラインライブの空間づくりへのアドバイスまで関わるようになり、「支えない」から「共に作る」関係へ変わりました。

「地方だから難しい」と感じている人へのメッセージは何ですか?

家族と過ごす時間も、仕事も、音楽も、どれも諦めないという選択が今はできているといいます。

音楽を続ける方法はひとつではありません。環境が変われば、選べる道も変わっていきます。

毎日配信をしても、お客さんは増えない。告知をしても、ライブの客席は空いたまま。新しい曲を作っても、誰にも届かない。

努力はしているのに、ほとんどの人が報われない。それが、多くのアーティストが直面している現実です。

「もっと集客を頑張れ」と言われても、簡単にできたら誰も悩んでいません。結果が出ないのは、才能でも努力不足でもなく、「届ける方法」を知らないだけ です。

コロム は、ファンと一体になれるマイクロライブ空間アプリ。

  • 1ヶ月で50人規模のライブを完売
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  • 副業から始めて、音楽だけで食べていけるようになったアーティストも

昇給を待つより、今の環境を変えるほうが早い。仕事があっても、地方に住んでいても、音楽を諦める必要はありません。

まずは、環境を変えることから。想像を超えるアーティスト生活を、コロムから始めてください。

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インディペンデントアーティスト編集部

「私たちは音楽を諦めない」というビジョンを掲げ、多様なジャンルのインディペンデントアーティストたちを紹介する オウンドメディアを運営しています。新たな才能を発掘し、アーティストの創造性を全面的に支援することで、 音楽の新しい形を創り出しています。マイクロライブ空間アプリ「コロム」運営。