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コラム

業務命令で始めた楽器が人生を変えた。パラグアイ留学からオンラインライブまで、アルパ奏者の挑戦

南米パラグアイのハープ「アルパ」を演奏する、アルパ弾きJazminこと藤枝貴子さんの歩みです。音楽専門学校でサックスを学び、就職先で業務命令として習い始めたアルパに魅了され、会社を辞めて単身パラグアイへ留学しました。

帰国した翌日から地元の駅前で路上ライブを始め、東京都のヘブンアーティストにも合格。そこから20年以上、人のつながりで演奏の依頼を広げてきました。

それでも「演奏はできても、自分でファンを増やすことには苦手意識があった」と振り返ります。コロナ禍で演奏の場を失い、オンラインライブで集客と向き合うことになりました。

この記事ではサックスでの挫折とアルパとの出会い、パラグアイ留学、路上ライブからの20年、オンラインライブで変わった集客の捉え方をたどります。

この記事の結論

  • 藤枝さんがアルパと出会ったきっかけは、就職先の弦楽器を扱う会社での業務命令でした。仕事後も会社に残って練習するほど夢中になっています。
  • アルパを始めて3年ほどで会社を退職し、パラグアイへ留学。海外も飛行機も初めて、スペイン語もほとんど話せない状態での渡航でした。
  • 2度の留学で滞在期間は合計約2年。現地のラジオ番組や演奏活動にも参加し、アルパ奏者としての基礎を身につけています。
  • 帰国の翌日から路上ライブを開始しました。現地の先生が制作したCDを持ち帰り、路上で弾きながら売る形です。
  • 東京都のヘブンアーティストに合格し、上野公園などで週に数回演奏。そこからイベント、企業のパーティー、ホテル演奏へと依頼が広がりました。
  • 長く避けてきた集客との向き合い方が変わりました。チケットを売ることは押し売りではなく、必要な人にライブの存在を知らせることだと捉え直しています。

歩みを、先に一覧にします。

時期 出来事
幼少期〜学生時代 エレクトーン、合唱部、吹奏楽部を経て音楽専門学校でサックスを専攻
卒業後 管楽器での実力に自信を失い、楽器を支える仕事を志望
就職後 弦楽器を扱う会社で、業務命令としてアルパを習い始める
3年後 「もっと自由に弾きたい」と退職し、パラグアイ留学を決意
留学 2度の渡航で滞在は合計約2年。現地のラジオや演奏活動にも参加
帰国翌日 地元の駅前で路上ライブを開始。持ち帰ったCDも売れる
その後 東京都のヘブンアーティストに合格し、上野公園などで週に数回演奏
20年以上 人のつながりでイベント、パーティー、ホテル演奏の依頼が広がる
コロナ禍 リアルの演奏依頼が一気になくなり、ライブ配信を約3年続ける
現在 オンラインライブで自ら企画し、集客と向き合う

アルパを演奏する藤枝貴子さん

サックスでの挫折と、アルパとの運命的な出会い

幼い頃から音楽が好きだった藤枝さん。 小学生でエレクトーンを習い始め、合唱部や吹奏楽部を経て、音楽専門学校ではサックスを専攻しました。

しかし、全国から演奏家を目指す人が集まる環境で、自分の実力に自信を失います。

「管楽器に関しては、ここまでなのかなというコンプレックスが生まれました」

卒業後は演奏家ではなく、楽器を支える仕事を志望しました。 就職氷河期で管楽器店への就職が決まらない中、紹介されたのが弦楽器を扱う会社です。

そこで業務命令として習い始めたのが、アルパでした。

アルパとは、南米パラグアイで広く演奏されているハープの一種。 初めて目の前で聴いたアルパは、藤枝さんが想像していた優雅なハープとはまったく異なるものでした。

情熱的で力強く、ハープから出ているとは思えないほど躍動感のある音色。 その演奏に衝撃を受け、仕事が終わった後も会社に残ってアルパを練習するほど夢中になりました。

楽器を支える側の仕事については楽器リペアマンになるには?で扱っています。

アルパの弦に触れる手元

会社を辞め、単身パラグアイへアルパ留学

アルパを始めて3年ほど経った頃、藤枝さんの中に「もっと自由に弾きたい」という思いが強くなります。 会社員生活のストレスも重なり、勤めていた会社を退職。 アルパの本場であるパラグアイへの留学を決意しました。

当時は海外に行った経験がなく、飛行機に乗るのも初めて。 スペイン語もほとんど話せない状態でした。 それでも、「自分が納得できる演奏ができるようになりたい」という思いでパラグアイへ渡ります。

現地の先生の前で、それまで3年間練習してきたアルパを披露すると、返ってきたのは厳しいダメ出しでした。 しかし藤枝さんは、そこで落ち込むのではなく、「この先生に習えば、自分が理想とする演奏に近づける」と感じたといいます。

2度の留学で、滞在期間は合計約2年。 現地のラジオ番組や演奏活動にも参加し、アルパ奏者としての基礎を徹底的に身につけました。

パラグアイでの留学風景

帰国翌日から路上ライブ。アルパで生きる道をつくる

最初のパラグアイ留学を終える際、現地の先生に「日本に帰ったらどうするのか」と聞かれた藤枝さんは、アルバイトをすると答えました。 すると返ってきたのは、「アルパを路上で弾けばいい」という言葉でした。

先生は自身のスタジオで藤枝さんのCDを制作。 「日本に持ち帰って、路上でアルパを弾きながら売ればいい」と背中を押してくれました。

帰国した藤枝さんは、その翌日に地元の駅前で路上ライブを開始します。

当時、ギターの弾き語りをする人はいても、路上でアルパを演奏する人はほとんどいませんでした。 珍しい楽器の音に足を止める人が現れ、持ち帰ったCDも売れました。

路上で演奏するときの許可とマナーは路上ライブに許可は必要?にまとめてあります。

その後は東京都のヘブンアーティストに合格し、上野公園などで週に数回演奏。 路上ライブを見た人から、イベントや企業のパーティー、ホテル演奏などの依頼が入るようになります。

依頼先でさらに別の依頼を受け、人との縁が数珠つなぎに広がっていきました。

「人と人とのつながりで、この20年以上やってきました」

最初から音楽で稼ぐための明確な計画があったわけではありません。 目の前の演奏機会を一つずつ大切にした結果、アルパで生きる道がつくられていったのです。

路上でアルパを演奏する様子

コロナ禍で演奏の場を失い、オンラインライブへ

長く続いていた演奏活動は、コロナ禍で一変します。 ホテルやイベント、高齢者施設など、リアルの演奏依頼が一気になくなりました。

収入の作り方は弾き語りで収入を得る方法の考え方も重なります。

藤枝さんは新たな活動の場を求め、ライブ配信を開始。 約3年間、定期的に配信を続けました。

生活環境の変化や「やり切った」という感覚から一度は配信を卒業しましたが、オンラインでアルパを届けることへの関心は残っていました。

そんな時、以前の配信活動で知り合ったアーティストから紹介されたのがオンラインライブプラットフォーム「corom」です。 話を聞くだけのつもりが、その場で初回のオンラインライブの日程まで決定しました。

「来た波には抗わず、とりあえず乗ってみる」

これまでも偶然の出会いや突然の依頼をきっかけに道を開いてきた藤枝さんらしい形で、新しい音楽活動が始まりました。

オンラインライブの始め方そのものはオンラインライブの始め方で扱っています。

オンラインライブで配信する様子

避けてきた集客と向き合い、捉え方が変わった

藤枝さんのこれまでの活動は、依頼を受けて演奏することが中心でした。 依頼された場所へ行き、求められた人にアルパを届ける。 それに対し、coromでは自分でオンラインライブを企画し、チケットを案内して、お客さまを集めます。

それは、藤枝さんが長く避けてきた活動でした。

「時間もお金も使って来てもらうのが申し訳ないという気持ちがありました」

自分からチケットを案内することを、売りつけているように感じていた時期もあったといいます。

しかし、オンラインライブを続ける中で、その捉え方が変化しました。 無理に誰かを呼ぶのではなく、自分のアルパを届けたいと思う人に、ライブの情報を一つずつ伝えていけばいい。 チケットを売ることは押し売りではなく、必要な人にライブの存在を知らせることだと気づいたのです。

今でもDMを一通書くのに30分ほどかかることがあり、集客への苦手意識が完全になくなったわけではありません。 それでも、「一つひとつ、きちんと届けていけばいい」と考えられるようになり、集客に対する気持ちは大きく変わりました。

集客の手順はオンラインライブの集客方法は?にまとめてあります。

高齢者施設での演奏の様子

ファンづくりは、自分も好きになれる人と出会うこと

藤枝さんは、ライブに来てくれる人について「私自身が、お客さま一人ひとりのファン」と話します。 ファンづくりとは、自分を一方的に応援してくれる人を増やすことではありません。 アルパの音楽を通して出会い、自分も好きになれる人との関係を育てていくことです。

coromでは、普段なら接点のないジャズや、異なるジャンルのアーティストともつながりました。 音楽のジャンルや住んでいる場所、仕事や立場を超えて、一緒に演奏を聴き、会話を楽しめる関係が生まれています。

藤枝さんが目指すオンラインライブは、ただアルパを聴いてもらう場所ではありません。

「安心してそこにいられる、サードプレイスのような場所にしたい」

演奏者と観客という関係を超えて、同じ時間を心地よく過ごせるコミュニティをつくること。

少人数で深くつながる形はマイクロライブとは?、コミュニティの作り方はオンラインライブ時代の集客とコミュニティで扱っています。 それが現在の藤枝さんのファンづくりです。

アルパを前に語る藤枝貴子さん

音楽を諦めかけている演奏家へ。「誰に届けたいか」を考える

最後に藤枝さんは、音楽活動を続けるか迷っている人へ、こう語りました。

「音楽は、必ず誰かに届けるものだと思います。自分の表現の力を誰のために使いたいのかを、もう一度考えてみてほしいです」

音楽を聴きたい人は、演奏家が思っている以上にたくさんいます。 藤枝さんがアルパを演奏する高齢者施設でも、音楽を聴く前と後では、利用者の表情が大きく変わるといいます。

福祉施設で演奏する活動は老人ホーム訪問演奏の始め方が入口です。

自分がやりたいという思いだけでは、前に進めなくなる時もあります。 そんな時は、自分の音楽を待っているのは誰なのか、どんな人に届けたいのかを考えてみる。

会社の業務命令で偶然出会ったアルパが、藤枝さんの人生を大きく変えたように、音楽を続ける道は、思いがけない出会いの先にあるのかもしれません。

よくある質問

アルパとはどんな楽器ですか?

南米パラグアイで広く演奏されているハープの一種です。

藤枝さんが初めて目の前で聴いたアルパは、想像していた優雅なハープとはまったく異なるものでした。情熱的で力強く、ハープから出ているとは思えないほど躍動感のある音色だったといいます。

藤枝さんはどうやってアルパと出会ったのですか?

就職先での業務命令でした。音楽専門学校でサックスを専攻したものの実力に自信を失い、卒業後は演奏家ではなく楽器を支える仕事を志望します。

就職氷河期で管楽器店への就職が決まらない中、紹介されたのが弦楽器を扱う会社でした。そこで業務命令として習い始めたのがアルパです。

仕事が終わった後も会社に残って練習するほど夢中になりました。

なぜパラグアイへ留学したのですか?

アルパを始めて3年ほど経った頃、「もっと自由に弾きたい」という思いが強くなったためです。会社員生活のストレスも重なり、勤めていた会社を退職しました。

当時は海外に行った経験がなく、飛行機に乗るのも初めて。スペイン語もほとんど話せない状態でしたが、「自分が納得できる演奏ができるようになりたい」という思いで渡っています。

2度の留学で滞在期間は合計約2年でした。

帰国後はどうやって演奏の場を作ったのですか?

帰国した翌日から、地元の駅前で路上ライブを始めました。現地の先生が自身のスタジオでCDを制作し、「日本に持ち帰って、路上でアルパを弾きながら売ればいい」と背中を押してくれたためです。

当時、路上でアルパを演奏する人はほとんどいませんでした。珍しい楽器の音に足を止める人が現れ、CDも売れます。

その後は東京都のヘブンアーティストに合格し、上野公園などで週に数回演奏。そこからイベント、企業のパーティー、ホテル演奏の依頼へと広がりました。

集客への苦手意識はどう変わったのですか?

これまでの活動は依頼を受けて演奏することが中心で、自分でチケットを案内することは長く避けてきました。「時間もお金も使って来てもらうのが申し訳ない」という気持ちがあったといいます。

オンラインライブを続ける中で捉え方が変わりました。無理に誰かを呼ぶのではなく、自分のアルパを届けたいと思う人に情報を一つずつ伝えていけばいい。

チケットを売ることは押し売りではなく、必要な人にライブの存在を知らせることだと気づいています。

苦手意識は完全になくなったのですか?

いいえ。今でもDMを一通書くのに30分ほどかかることがあります。

それでも「一つひとつ、きちんと届けていけばいい」と考えられるようになり、集客に対する気持ちは大きく変わりました。

藤枝さんが考えるファンづくりとは何ですか?

「私自身が、お客さま一人ひとりのファン」と話します。自分を一方的に応援してくれる人を増やすことではなく、アルパの音楽を通して出会い、自分も好きになれる人との関係を育てていくことです。

目指しているのは、ただアルパを聴いてもらう場所ではありません。「安心してそこにいられる、サードプレイスのような場所にしたい」。

演奏者と観客という関係を超えて、同じ時間を心地よく過ごせるコミュニティをつくることが現在のファンづくりです。

音楽活動を続けるか迷っている人へのメッセージは何ですか?

「音楽は、必ず誰かに届けるものだと思います。自分の表現の力を誰のために使いたいのかを、もう一度考えてみてほしいです」と語ります。

音楽を聴きたい人は、演奏家が思っている以上にたくさんいます。自分がやりたいという思いだけでは前に進めなくなる時、自分の音楽を待っているのは誰なのか、どんな人に届けたいのかを考えてみる。

そこに道が見つかるかもしれません。

毎日配信をしても、お客さんは増えない。告知をしても、ライブの客席は空いたまま。新しい曲を作っても、誰にも届かない。

努力はしているのに、ほとんどの人が報われない。それが、多くのアーティストが直面している現実です。

「もっと集客を頑張れ」と言われても、簡単にできたら誰も悩んでいません。結果が出ないのは、才能でも努力不足でもなく、「届ける方法」を知らないだけ です。

コロム は、ファンと一体になれるマイクロライブ空間アプリ。

  • 1ヶ月で50人規模のライブを完売
  • SNSフォロワー数が5,000人を突破
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昇給を待つより、今の環境を変えるほうが早い。仕事があっても、地方に住んでいても、音楽を諦める必要はありません。

まずは、環境を変えることから。想像を超えるアーティスト生活を、コロムから始めてください。

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インディペンデントアーティスト編集部

「私たちは音楽を諦めない」というビジョンを掲げ、多様なジャンルのインディペンデントアーティストたちを紹介する オウンドメディアを運営しています。新たな才能を発掘し、アーティストの創造性を全面的に支援することで、 音楽の新しい形を創り出しています。マイクロライブ空間アプリ「コロム」運営。