沖縄から世界へ。挫折と子育てを越えた声楽家の音楽活動
2026/08/07(更新 2026/10/01)
「もう年齢的に遅いかもしれない。」 「子育てをしてるから、本格的な活動は難しい。」
そんな理由で、音楽への夢を胸の奥にしまっている人は少なくありません。
今回お話を伺ったあべたみこさんも 音楽大学での挫折、結婚・子育て、転勤による環境の変化を経験しながらも、 歌うことを諦めず、自らステージをつくり続けてきました。
そして現在はオンラインライブという新たな舞台で、全国のファンとつながりながら、学生時代から抱いていた「世界音楽旅」という夢を少しずつ実現しています。
地方に住んでいても、年齢を重ねても、音楽活動は続けられる。 そのことを体現するあべさんの歩みから、音楽を続けるための新しい可能性を探ります。

この記事の結論
- あべたみこさんは沖縄を拠点に活動する声楽家です。音大での挫折、結婚と子育て、夫の転勤による移住を経ても歌を続けてきました。
- 奈良、神戸、東京、沖縄と拠点が変わる中で選んだのは「歌う場所がないなら、自分でつくる」こと。カフェでの小さなコンサートや朗読との組み合わせから始めています。
- 沖縄で涙を流しながら聴く人に出会い、「上手に歌うことがすべてではない」と気づいたことが転機になりました。
- 2025年にオンラインライブを開始。背景を変えて世界観を表現したり、観客に呼びかけたりと、画面越しでも一緒にステージを作れる点に手応えを得ています。
- 課題は集客です。55枚、100枚と目標を掲げ、達成した未来から逆算して「どうやったらできたのか」と問い続ける方法で結果につなげました。
- 約30年前に書いた「世界音楽旅」という夢が動き出し、台湾での活動が実現。53歳の今も新しいステージへ挑み続けています。
「歌に向いていないのかも」音大で経験した挫折
あべさんにとって、音楽は幼い頃から生活の一部でした。
音楽好きの家族に囲まれ、小・中・高校では合唱部に所属。高校では全国大会に出場するほど本格的に合唱へ打ち込みました。 高校時代には演奏だけでなく、パンフレット制作や広告取り、チケット販売まで経験。小学生の頃にも親戚を招いて、自らプログラムをつくり、司会をして歌を披露していたといいます。
高校時代、テレビで見たオペラに衝撃を受け、声楽の道へ。 短大を経て桐朋学園へ進みますが、そこで待っていたのは思い描いた音楽生活ではありませんでした。
先生との相性や発声への迷いなどが重なり、次第にあがり症に。先生の前に立つと声が震え、音程まで取れなくなり、「歌に向いていないのかもしれない」と思うほど自信を失っていきました。
それでも「オペラをやってみたい」「ステージに立ちたい」という思いは消えませんでした。 卒業後も研究科、さらにオペラ養成所へ進み、音楽を学び続けます。

結婚・子育て・転勤。それでも音楽活動をやめなかった
その後、結婚や出産を経験。夫の転勤に伴い、奈良、神戸、東京、そして沖縄へと生活の拠点も変わっていきました。
知らない土地で子育てをしながら、音楽活動を続ける。 簡単な環境ではありません。
さらに、学び続ければ自然とステージが用意される世界でもありませんでした。
そこであべさんが選んだのは、「歌う場所がないなら、自分でつくる」こと。
カフェで小さなコンサートを企画したり、俳優の友人と朗読や歌を組み合わせたり。神戸では自ら喫茶店で公演を企画し、子育て中に出会った仲間とはライブペイントなどのコラボレーションにも挑戦しました。
ここまでの歩みを整理すると、次のようになります。
| 時期 | 出来事 |
|---|---|
| 小・中・高校 | 合唱部に所属。高校では全国大会に出場 |
| 高校時代 | テレビで見たオペラに衝撃を受け、声楽の道へ |
| 短大・桐朋学園 | あがり症になり「歌に向いていないのかも」と自信を失う |
| 卒業後 | 研究科、オペラ養成所へ進み学び続ける |
| 結婚・出産後 | 夫の転勤で奈良、神戸、東京、沖縄へ。各地で自ら公演を企画 |
| 沖縄移住後 | 影絵やダンス、ライアーを取り入れた創作公演へ。2023年・2024年には劇団を立ち上げミュージカルを主催 |
| 2025年 | オンラインライブを開始 |
| 現在 | 台湾での活動が実現。アジアやヨーロッパも視野に |
場所を確保し、企画を考え、集客する。 誰かから声がかかるのを待つのではなく、その時いる場所でできる音楽活動を、自分の手で続けてきたのです。地方で続けるための選択肢は、地方で音楽活動を続ける方法にまとめてあります。

地方での音楽活動で知った「上手に歌うこと」以上に大切なこと
現在の拠点である沖縄に移ったことは、あべさんの音楽人生にとって大きな転機となりました。
それまでのあべさんは、高い音をきれいに出すことや、正確に歌うことなど、「上手に歌うこと」を追い求めていたといいます。 ところが沖縄で歌ったとき、涙を流しながら聴いてくれる人がいました。
そこで初めて、「上手に歌うことがすべてではない」と気づいたそうです。
その後は、影絵やダンス、物語、ライアーなどを取り入れた創作公演にも挑戦。2023年、2024年には仲間と劇団を立ち上げ、一般参加者を募ったミュージカルも主催しました。
地方で音楽活動をすることは、都市部と同じ環境を再現することではありません。 その土地で出会った人たちとつながり、自分なりの表現やファンづくりを育てていくことも、一つの続け方なのかもしれません。自分で場を作る手順は、企画ライブとは?で扱っています。

coromとの出会い。初めてのオンラインライブへ
転機が訪れたのは2025年。 友人がSNSで楽しそうにオンラインライブプラットフォーム「corom」を紹介しているのを見かけ、「これ何?」と興味を持ったことが始まりでした。
それまでSNSへの投稿はしていたものの、ライブ配信の経験はありません。 それでも「面白そう」という好奇心から、初めてオンラインライブの世界へ飛び込みました。始め方そのものは、オンラインライブの始め方で解説しています。
実際に始めてみると、そこにはリアルライブとは違う楽しさがありました。 背景を変えて物語の世界観を表現したり、ファンに「集まって」「階段に並んで」と呼びかけたり。画面越しでも、観客と一緒にステージをつくることができます。
そして何より、沖縄にいながら全国の人と出会えること。
リアルかオンラインか、どちらかを選ぶのではなく、それぞれに違う魅力がある。 地方で音楽活動をしていても、オンラインライブがあれば距離は大きな壁ではなくなる。 そんな実感が、活動の幅をさらに広げています。

集客と向き合った先で始まった、新しいファンづくり
一方、coromを始めて感じた難しさもありました。 これまで仲間と一緒に舞台をつくることが多かったあべさんにとって、「あべたみこ個人」のチケットを自分で売ることは新しい挑戦でした。
55枚、100枚と目標を掲げる中で、「本当に自分にできるのか」と感じることも。 それでも、目標を達成した未来から逆算し、「どうやったらできたのか?」と問い続けながら行動したことで、結果につなげていきました。
そして1年ほど続けた今、新たな課題として向き合っているのがSNSでの集客です。
リアルの知り合いだけではなく、自分をまだ知らない人にどう届けるか。母数を広げ、その中から自分の表現を好きになってくれる人と出会う。 そんなファンづくりを模索しています。進め方はオンラインライブの集客方法は?とアーティストのファンの増やし方にまとめました。
一方で、オンラインだからこそ生まれたつながりもあります。
毎日リアクションをくれる、まだ一度も会ったことのないファン。実際に地方にいるファンのもとへ足を運び、現地で小さなライブをできないか考えているといいます。
オンラインで出会い、リアルへつながっていく。 あべさんの活動では、オンラインライブが新しい集客手段にとどまらず、全国へ音楽活動を広げる入口にもなっています。

沖縄から全国、そして世界へ。「世界音楽旅」という夢
学生時代、将来やりたいことを書く機会に、あべさんが記した言葉があります。
「世界音楽旅」。
約30年前に描いたその夢が、今になって動き始めています。 coromで出会ったアーティストとの会話から台湾へ行く話が生まれ、仲間が集まり、実現へ。
「一年経ったら叶ってた」
とあべさんは振り返ります。
現在もシンガポールやタイなどのアジア、さらにヨーロッパでの活動を思い描き、現地からオンラインライブを届けることも目標にしています。
沖縄という地方を拠点にしながら、全国へ、そして世界へ。 オンラインとリアルを組み合わせることで、地方での音楽活動の可能性は、これまで以上に広がっています。

53歳からでも遅くない。音楽を続けたい人へ
「53歳ですよ、だって」
インタビューの最後、あべさんは笑いながらそう話しました。
子育てをしながらアーティスト活動を続けることは、簡単なことではありません。 両立の工夫は、育児と音楽活動を両立するには?でも扱っています。
できない時期があってもいい。 一度離れても、また再開すればいい。 大切なのは、「自分のやりたいことを諦めないこと」だといいます。
「あなたたちのために自分の夢を諦めた」と、子どもたちには言いたくない。 だからこそ、生活や環境が変わっても、自分にできる形を探しながら音楽を続けてきました。
年齢を重ねたからこそ表現できるものもある。 地方だからこそ生まれる出会いや音楽活動もある。 そして今は、オンラインライブを使ったファンづくりや収益化など、音楽を続ける選択肢そのものが増えています。
「何かしら活動していきましょう」
53歳の今も新しいステージへ挑み続けるあべさんの歩みは、「今からでは遅い」と感じている人の背中を押してくれます。
よくある質問
あべたみこさんはどんなアーティストですか?
沖縄を拠点に活動する声楽家です。音大での挫折、結婚と子育て、夫の転勤による移住を経ながら、歌うことを諦めず自らステージをつくり続けてきました。
現在はオンラインライブで全国のファンとつながり、学生時代から抱いていた「世界音楽旅」という夢を実現に向けて動かしています。
音大ではどんな経験をしたのですか?
先生との相性や発声への迷いが重なり、あがり症になりました。先生の前に立つと声が震え、音程まで取れなくなったといいます。
「歌に向いていないのかもしれない」と思うほど自信を失いながらも、「ステージに立ちたい」という思いは消えず、卒業後も研究科とオペラ養成所で学び続けました。
転勤や子育てがある中で、どう活動を続けたのですか?
「歌う場所がないなら、自分でつくる」という方法です。カフェで小さなコンサートを企画したり、俳優の友人と朗読と歌を組み合わせたり。
神戸では自ら喫茶店で公演を企画し、子育て中に出会った仲間とライブペイントとのコラボレーションにも挑戦しています。
沖縄に移って何が変わりましたか?
価値観が変わりました。それまでは高い音をきれいに出すこと、正確に歌うことを追い求めていたそうです。
沖縄で歌ったとき、涙を流しながら聴いてくれる人がいて、「上手に歌うことがすべてではない」と気づいたといいます。
オンラインライブの魅力は何ですか?
リアルライブとは違う作り方ができる点です。背景を変えて物語の世界観を表現したり、ファンに「集まって」「階段に並んで」と呼びかけたり。
画面越しでも観客と一緒にステージをつくれます。
沖縄にいながら全国の人と出会える点も、地方で活動する立場では大きな意味を持ちます。
集客はどう乗り越えたのですか?
目標を達成した未来から逆算し、「どうやったらできたのか?」と問い続けながら行動する方法です。
55枚、100枚と目標を掲げる中で「本当に自分にできるのか」と感じることもありましたが、この問い方が結果につながりました。
年齢を理由に諦めかけている人へのメッセージは?
「できない時期があってもいい。一度離れても、また再開すればいい」。大切なのは、自分のやりたいことを諦めないことだと話しています。
「あなたたちのために自分の夢を諦めた」と子どもたちには言いたくない。その思いが、環境が変わっても活動を続けてきた理由になっています。
沖縄から世界へ広がる音楽活動
coromは、音楽を諦めきれない人が、もう一度歩き出すためのステージになれる場所です。 あなたも仲間に加わりませんか?
毎日配信をしても、お客さんは増えない。告知をしても、ライブの客席は空いたまま。新しい曲を作っても、誰にも届かない。
努力はしているのに、ほとんどの人が報われない。それが、多くのアーティストが直面している現実です。
「もっと集客を頑張れ」と言われても、簡単にできたら誰も悩んでいません。結果が出ないのは、才能でも努力不足でもなく、「届ける方法」を知らないだけ です。
コロム は、ファンと一体になれるマイクロライブ空間アプリ。
- 1ヶ月で50人規模のライブを完売
- SNSフォロワー数が5,000人を突破
- 副業から始めて、音楽だけで食べていけるようになったアーティストも
昇給を待つより、今の環境を変えるほうが早い。仕事があっても、地方に住んでいても、音楽を諦める必要はありません。
まずは、環境を変えることから。想像を超えるアーティスト生活を、コロムから始めてください。
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インディペンデントアーティスト編集部
「私たちは音楽を諦めない」というビジョンを掲げ、多様なジャンルのインディペンデントアーティストたちを紹介する オウンドメディアを運営しています。新たな才能を発掘し、アーティストの創造性を全面的に支援することで、 音楽の新しい形を創り出しています。マイクロライブ空間アプリ「コロム」運営。
