地方×主婦の音楽活動は成立する?諦めかけた先に見つけた答え
2026/04/06(更新 2026/10/01)
茨城で活動するnananさんは、ライブ配信の収益が「10円」だった状態から、チケット制のオンラインライブで25席、55席、100席、200席と動員を伸ばしてきました。
ピアノも弾けず楽譜も読めない、実績のない主婦だったと本人は振り返ります。それでも続けられた理由は、挑戦をやめなかったことと、場を変えたことでした。
地方での生活、子育て、仕事という制約の中で、音楽活動をどう成立させたのか。その道筋をうかがいました。
この記事の結論
- nananさんは中学時代に音楽に触れた後、家庭の事情で就職。ボイストレーナーとして働きながら、歌う道に戻りました。
- 結婚を機に茨城へ移住し、約1年はほとんど家にこもる日々でした。「歌いたい」と周囲に相談したことから、地域のイベントや高齢者施設で歌う機会を得ています。
- 地方での活動はすべてフリーライブだったため、チケット制のオンラインライブは大きな壁でした。
- オンラインライブの動員は、次のように伸びてきました。
| 段階 | 動員 | そのときの状況 |
|---|---|---|
| ライブ配信アプリでの挑戦 | 収益は「10円」 | 「オンラインライブは無理だと思いました」 |
| 1回目のオンラインライブ | 25席(完売) | ほとんどが知人や友人。一人ひとりに声をかけた |
| 続けるうちに | 55席、100席 | 毎月続ける中で応援してくれる人が増えた |
| 現在 | 200席 | 地方の限られた人間関係から、関係が大きく広がった |
最初のライブは25席。満席にはなったものの、ほとんどが知人や友人でした。
一人ひとりに声をかけることから始めています。
- 毎月続けるうちに、25席から55席、100席、200席へと動員が伸びました。
- 現在はボイストレーナーの事業とオンラインライブを並行し、「普通の人でもできる」ことの証明を目標に置いています。

音楽を諦めたはずだった日々と、消えなかった想い
「音楽で生きていくのは無理だと思ったんです」
中学時代、ガールズバンドをきっかけに音楽に触れ、歌うことの楽しさを知ったnananさん。 しかし家庭の事情もあり、“夢”ではなく“現実”を選び、旅行会社へ就職します。
それでも音楽への想いは消えず、ボイストレーニングに通いながらオーディションにも挑戦。 やがて縁あってボイストレーナーとして働き始め、シンガーソングライターとしても活動していく道を選びます。
ただ、ダブルワークの負担は大きく、体調を崩してしまい、再び音楽から離れることに。 会社員としての生活に戻り、「カラオケで上手い人で終わっていた時期もありました」と振り返ります。
そんな中で訪れたのが、転職先で企画していた青空市場でした。 子ども向けの出し物として歌を披露したことをきっかけに、再び人前で歌うようになります。
月に一度の青空市場での歌唱と、年に数回のライブ。 規模は大きくなくても、音楽と関わり続ける日々が戻ってきました。
地方での続け方は地方で音楽活動を続ける方法で扱っています。
しかしその後、結婚を機に茨城へ移住。 家族も友人もいない土地で、大きな孤独を感じる日々が始まりました。

地方での音楽活動と、転機となった出会い
茨城に移住してからの約1年は、ほとんど家にこもる日々が続いていました。
仕事を見つけ、少しずつ人とのつながりができていく中で、「歌いたい」と周囲に相談。 そこから地域のイベントや高齢者施設など、歌う機会を得るようになります。
そんな中で出会ったのが、のちに「茨城の父」と慕う男性でした。 長く地域で音楽活動を続けてきた存在で、一緒にライブに出演するなど、活動の幅は少しずつ広がっていきます。
道の駅や地域のお祭り。 場所は決して大きくなくても、音楽を届ける機会は確かに増えていきました。
しかしその一方で、ある違和感が残ります。
「セミプロだよねって言われたとき、すごく悔しかったんです」
本気で取り組んでいるはずなのに、どこか趣味の延長のように見られてしまう。
「音楽で生きたい。365日好きなことをやりたい」
その想いからコロナ禍の中で、仕事をやめ、ボイストレーナーとして独立をします。

coromとの出会いと、オンラインライブへの再挑戦
茨城に来て気づいたのは、この地域にはボイストレーニングの環境がほとんどないという現実でした。 「この町にボイススクールを作りたい」。それが、一つの夢でした。
自分と同じように夢を追う人が、挑戦できる場所をつくりたい。 歌手を目指すなら、そのためのトレーニングができる場所を。
スタジオを構え、ボイススクールを立ち上げました。 ボイストレーナーとしての活動を本格化させていきました。
配信アプリの違いはアーティスト向けライブ配信アプリを徹底比較にまとめました。
一方で、自身の歌を届けるためにライブ配信にも挑戦します。 しかし、その結果はわずか「10円」。
「オンラインライブは無理だと思いました」
思うように届かない現実に、再び壁を感じていたそのとき。 届いたのが、オンラインライブプラットフォーム「corom」からのDMでした。
最初は半信半疑だったものの、代表の想いに触れ、もう一度挑戦することを決意。 2023年10月、オンラインライブへの再挑戦が始まります。

広がっていく景色と、「音楽で生きる」実感
茨城での音楽活動は、すべてフリーライブ。 だからこそ、チケット制のcoromでのライブは、大きな壁でした。
チケットを売る手順は個人アーティストのライブチケット販売方法で扱っています。
それまでの活動を通して、nananさんの歌は「無料で見られるもの」として認識されていたといいます。
その状態から、「お金を払ってでも観たい」と思ってもらうこと。 そこに、大きなハードルがありました。
最初のライブは25席。 満席にはなったものの、そのほとんどが知人や友人でした。
「とにかく一人ひとりに声をかけました」
手探りのまま、それでも毎月オンラインライブを続けていく中で、少しずつ変化が生まれます。
25席完売から、55席、100席、そして200席へ。 挑戦を重ねるごとに、応援してくれる人の数が確実に増えていきました。
「coromを始めて、人生が変わりました」
地方での限られた人間関係だけだった環境は、ファンや他のアーティスト、スタッフとの出会いによって大きく広がっていきます。
これまで触れてこなかったジャンルの音楽にも出会い、視野も広がった。 そして何より、「音楽をやっている人」としての自信が生まれていきました。

音楽で生きるための、いまの選択
順調に見える活動の裏で、nananさんは今も試行錯誤を続けています。
ボイストレーナーとしての事業と、オンラインライブ。 どちらも本気で向き合う中で、常に余裕があるわけではありません。
「正直、ずっといっぱいいっぱいなんです」
それでも立ち止まらない理由は、歌うことだけではなく、人を支えたいという想いです。
レッスンを収入にする方法はボイトレ講師の副業にまとめました。
ボイストレーナーとして向き合うのは、夢を追う子どもたちだけではなく、 子育てや仕事、介護など、自分のことを後回しにしてきた自分と同じ主婦の人たち。
「我慢してきた人って、声が出なくなるんです」
だからこそ大切にしているのは、上手く歌うことではなく、本来の声を取り戻すこと。
「声が変わると、人生も変わるんです」
歌うことと、人を支えること。 どちらも大切だからこそ、今も模索を続けています。
「自分が実験台になっている感覚ですね」
どうすれば音楽で生きていけるのか。 その答えを探しながら、一歩ずつ進んでいる最中です。
そして今、見据えているのは “普通の人でもできる”という証明です。
子育てをしながら、地方にいても、音楽で生きていく。両立の考え方は育児と音楽活動を両立するには?で扱っています。 そんな生き方を、自分自身で形にしていこうとしています。
その延長線上にあるのが、corom主催のリアルライブ、Zepp DiverCity(TOKYO)のステージです。 まずはそこに立つことで、一つの形を残したい。
そしてその先で、誰かの「やってみたい」を後押しできる存在になっていく。 それが、nananさんの次の目標です。

「何もない」からでも始められる。悩むあなたへ
最後に、同じように悩む人へのメッセージを聞きました。
「私はピアノも弾けないし、楽譜も読めませんでした。実績もない、ただの主婦です」
それでも今、続けられているのは、環境と、挑戦をやめなかったこと。
「coromという環境があったから、今独立系アーティストとして胸を張って活動できています。」
自分には何もないと思ってしまう人でも、何か必ずある。
「coromには同じように葛藤しながら頑張る仲間がいます。本当にゼロからでもスタートできる環境なので、ぜひ皆さんにお会いできたら嬉しいです」
年齢を理由に迷っている方には音楽を30代から始めるのは遅い?が参考になります。
音楽は、いつからでもやり直せる。 そして今は、地方でも、家庭があっても、続けられる時代です。
あなたの中に残っているその想いも、もう一度、形にできるかもしれません。
よくある質問
nananさんはどこで音楽活動をしているのですか?
茨城を拠点にしています。結婚を機に移住し、最初の約1年はほとんど家にこもる日々だったと振り返ります。
仕事を見つけて人とのつながりができてから「歌いたい」と周囲に相談し、地域のイベントや高齢者施設、道の駅、お祭りで歌う機会を得ていきました。
一度音楽を離れた時期があるのですか?
あります。中学時代にガールズバンドで音楽に触れた後、家庭の事情もあり旅行会社へ就職しました。
その後ボイストレーナーとして働きながらシンガーソングライターの活動も始めますが、ダブルワークの負担で体調を崩し、再び音楽から離れています。転職先で企画した青空市場で歌を披露したことが、復帰のきっかけになりました。
ライブ配信で収益が出なかったと聞きました
自身の歌を届けるためにライブ配信へ挑戦した結果が「10円」だったそうです。「オンラインライブは無理だと思いました」と当時を振り返っています。
その後、オンラインライブプラットフォームから届いたDMをきっかけに、2023年10月から再挑戦を始めました。
チケット制のライブは最初から売れたのですか?
売れていません。茨城での活動はすべてフリーライブだったため、歌は「無料で見られるもの」として認識されていたといいます。
最初のライブは25席で満席にはなったものの、ほとんどが知人や友人でした。「とにかく一人ひとりに声をかけました」と話しています。
動員はどのくらい伸びたのですか?
25席の完売から、55席、100席、そして200席へと伸びています。
毎月オンラインライブを続ける中で、応援してくれる人の数が確実に増えていったそうです。「coromを始めて、人生が変わりました」と振り返っています。
ボイストレーナーとしては何を大切にしているのですか?
上手く歌うことではなく、本来の声を取り戻すことです。向き合う相手は夢を追う子どもたちだけでなく、子育てや仕事、介護で自分のことを後回しにしてきた主婦の方々でもあります。
「我慢してきた人って、声が出なくなるんです」「声が変わると、人生も変わるんです」と語っています。
実績がなくても始められますか?
nananさん自身、「ピアノも弾けないし、楽譜も読めませんでした。実績もない、ただの主婦です」と話しています。
それでも続けられた理由は、環境と、挑戦をやめなかったことだそうです。今は「普通の人でもできる」ことの証明を目標に置いて活動しています。
毎日配信をしても、お客さんは増えない。告知をしても、ライブの客席は空いたまま。新しい曲を作っても、誰にも届かない。
努力はしているのに、ほとんどの人が報われない。それが、多くのアーティストが直面している現実です。
「もっと集客を頑張れ」と言われても、簡単にできたら誰も悩んでいません。結果が出ないのは、才能でも努力不足でもなく、「届ける方法」を知らないだけ です。
コロム は、ファンと一体になれるマイクロライブ空間アプリ。
- 1ヶ月で50人規模のライブを完売
- SNSフォロワー数が5,000人を突破
- 副業から始めて、音楽だけで食べていけるようになったアーティストも
昇給を待つより、今の環境を変えるほうが早い。仕事があっても、地方に住んでいても、音楽を諦める必要はありません。
まずは、環境を変えることから。想像を超えるアーティスト生活を、コロムから始めてください。
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インディペンデントアーティスト編集部
「私たちは音楽を諦めない」というビジョンを掲げ、多様なジャンルのインディペンデントアーティストたちを紹介する オウンドメディアを運営しています。新たな才能を発掘し、アーティストの創造性を全面的に支援することで、 音楽の新しい形を創り出しています。マイクロライブ空間アプリ「コロム」運営。
