首席卒業、それでも介護職へ。音大卒フルーティストが演奏家として歩き出すまで
音大を卒業しても、そのまま演奏家として音楽だけで生きていけるとは限りません。
「音楽を仕事にしたい」という思いがあっても、収入や将来への不安から別の仕事を選んだり、一度は演奏の道を離れたりする人も少なくありません。
北海道を拠点に活動する音大卒フルーティスト・越中萌々香さんも、大学卒業後は音楽とは異なる介護の仕事に就職した一人です。
音楽科の高校から大学へ進み、卒業試験では1位、首席で卒業。
それでも、大学時代に訪れたコロナ禍をきっかけに「このまま音楽で食べていけるのだろうか」と将来に不安を感じ、一度は別の道へ進みました。
一度音楽の道を離れた越中さんは、なぜ再び「音楽を仕事にする」道へ戻ることができたのか。
その背景には、今も大切にしている「人生は今の連続」という考え方がありました。

「本当にやりたいことは何?」姉との別れをきっかけに、フルートと向き合い直した
越中さんがフルートと出会ったのは、中学1年生のとき。
幼い頃から音楽が好きで、3歳頃からピアノを習い、中学校では吹奏楽部へ。
さまざまな楽器を試す中、すぐに音が出たのがフルートでした。
先輩が見せてくれた速い指使い、今の越中さんにもつながる「超絶技巧」に惹かれ、「これがやりたい」と夢中になったといいます。
その後は音楽科の高校へ進学。コンクールにも出場して賞を取り、大学では北海道教育大学の音楽文化専攻へ。
中学・高校・大学と、毎日のようにフルートを練習する生活を送ってきました。
そんな越中さんにとって、大きな転機となったのが大学2年生のときでした。
お姉さんとの別れです。
お姉さんは、自分の好きなことのために仕事を頑張り、毎日を楽しそうに過ごしている人だったといいます。
一方、当時の越中さんは教員免許を取るための授業に、本当にやりたいわけではないと思いながらも、なんとなく取り組み続けていました。
お姉さんを亡くしたことで、
「私が本当にやりたいことって、なんなんだろう」
と、自分の人生について改めて考えるようになり、改めてフルートに打ち込むことを決めました。
その後、大学3、4年生になるとコロナ禍に突入。
授業の多くがリモートになり、コンクールや演奏の機会も次々と中止になりました。
それでもフルートを吹き続け、大学4年時には札幌新人音楽会で奨励賞を受賞。
卒業試験では1位となり、首席で大学を卒業しました。
一方で、音楽教室まで休業する状況を目の当たりにし、「このまま音楽で食べていくのは難しいかもしれない」という不安も大きくなっていきます。
そこで卒業後は、音楽とは異なる介護の仕事へ就職。
ただ、音楽を諦めたわけではありません。
「社会人経験を積んで、戻れる時が来たらフルートに戻ろう」
そう決めての就職でした。

介護職との両立から、もう一度「音楽を仕事にする」道へ
介護職として働き始めた当初、越中さんは対人関係にも苦手意識があったといいます。
そんな越中さんと入居者さんとの距離を縮めてくれたのも、フルートでした。
入職して数か月後、施設で初めてコンサートを開催。
演奏をきっかけに入居者さんから声をかけてもらうことが増え、自然とコミュニケーションが取れるようになっていきました。
その後は退職するまで、毎月コンサートを開催。
介護職を続けながら、早番の仕事を終えた後や休日、時には夜勤明けにも練習し、外部のコンサートにも出演していました。
転機が訪れたのは、かつてフルートを習っていた先生から、音楽教室の講師試験を勧められたこと。
試験に合格し、2024年秋から講師をスタート。
しばらくは介護の仕事と両立していましたが、音楽の仕事が忙しくなるにつれ、少しずつ軸足を音楽へ移していきました。
約2年半の介護職を経て、再びフルーティストとして音楽を仕事にする道へ戻ったのです。

配信への憧れからcoromへ。初めてのオンラインライブ
coromを知ったのは、Instagramに流れてきた広告でした。
もともとYouTubeなどを見ることが好きで、配信の世界にも憧れがあった越中さん。
一方、自分で配信を始めることには費用や安全面への不安がありました。
そんな中でcoromを知り、以前から名前を知っていたアーティストが活動していたことも安心材料になったといいます。
最初は「ライバーのように振る舞わなければいけないのでは」と不安もありました。
しかし、実際は「普段のコンサートをオンライン上でやる」という感覚。
これまで続けてきた演奏とトークを届ければいいと分かり、初めてのオンラインライブにも自然体で挑戦できました。
「当日は楽しかったですね。お客さんもみんな優しかったし、温かい空間でした」
リアルの演奏経験を重ねてきたなかでも、オンラインライブはまったく別の活動ではなく、演奏を届ける場所を一つ増やすような挑戦だったのです。

SNSと集客を学び、「演奏を聴いてくれる人」が増えていった
coromでの活動を通じて大きく変わったのが、集客やSNSとの向き合い方でした。
学生時代からコンサートのチケットを自分で案内していたため、集客そのものへの抵抗はなかった越中さん。
それでも、SNSの動かし方や発信方法についてアドバイスを受けたことで、「ガラッと変わった」と感じているそうです。
SNSを継続すると、新しく演奏を見てくれる人が増え、それまで応援してくれていた人からも「最近頑張っているね」と声をかけてもらえるようになりました。
当初は同業者から「恥ずかしくないの?」と言われたこともあったといいます。
それでも発信を続けるうちに、否定的な声は減り、応援してくれる人が増加。
さらにSNSやメディアへの露出によって思い出してもらう機会も増え、札幌市内での演奏の仕事にもつながるようになりました。
オンラインライブだけで完結するのではなく、オンラインでの発信がリアルの音楽活動にもつながっていったのです。

北海道から、リアルとオンラインの両方で演奏を届ける
現在も北海道を拠点に、道内各地でコンサートやレッスンを行っている越中さん。
そこにオンラインライブという選択肢が加わったことで、活動の場所はリアルだけに限定されなくなりました。
地方で音楽活動をしていると、移動できる範囲や会場、集客できる地域にはどうしても限界があります。
しかし、オンラインで発信を続けることは、地域を越えて演奏を知ってもらうきっかけになります。
そして越中さんのように、その発信が地元での仕事につながることもあります。
リアルかオンラインか、どちらかを選ぶ必要はありません。
地方で音楽活動を続けながらオンラインライブで新しい接点をつくり、そこで生まれたファンとの関係をリアルの活動にもつなげていく。
音大卒フルーティストとして北海道で活動する越中さんの現在の姿は、地方を拠点にする演奏家にとって、一つの新しい活動の形を示しています。

「人生は今の連続」。音楽を諦めかけている演奏家へ
大学時代の越中さんは、「自分なんて」と思うことも多く、フルート以外には自信がなかったと振り返ります。
人とのコミュニケーションにも苦手意識があり、自分から一歩踏み出せなかったことで、「チャンスを逃してきた」と感じることもありました。
しかし、お姉さんとの別れを経験したことで、自分の人生や時間に対する考え方は大きく変わりました。
越中さんが今も大切にしているのは、
「人生は今の連続」
という考えです。
一度演奏家の道を離れた越中さんが、介護職を経て音楽の世界に戻った今感じているのは、「本当にやりたいことをやっている充実感」だといいます。
だからこそ、同じように音大卒業後の進路に悩んでいる人や、一度音楽とは違う仕事に就いた人へ伝えたいのは、「行動あるのみ」ということ。
「広い世界を見て、視野を広く持って。最初から諦めない。『無理』って思わないで、『できるかも』と思う。そのマインドでいると、少しずつ道が開けていくと思います」
大切なのは、最初から自分の可能性を閉じてしまわないこと。
「できるかも」と思って、今できる一歩を踏み出す。
「人生は今の連続」だからこそ、その一歩が、これからの音楽活動や人生を変えるきっかけになるのかもしれません。
coromは、音楽を諦めきれない人が、もう一度歩き出すためのステージになれる場所です。
あなたも仲間に加わりませんか?
