副業から始めた音楽活動。オンラインライブで204席完売したしたアーティストのファンの増やし方
音楽が大好き。
でも、音楽だけで生きていく道は、始める前に無理だと思い込んでいた…
アーティスト・atsucoさんも、かつてはそう感じていた一人です。
ふわっと音大を目指した学生時代。
社会人として働いた日々。
そして、大人になってから始めた音楽活動。
リアルライブでは集客やお金の壁にぶつかりながらも、
オンラインライブを通じて少しずつファンを増やし、活動を続けてきました。
これは、副業から始めた音楽活動でファンを増やしてきた、一人のアーティストの物語です。

音楽の夢に懸命に取り組んだこともなく、なんとなく社会人として生きていた頃
歌番組を録画して観たり、CDを沢山買い集めるくらい幼い頃から音楽が大好き。
ピアノを幼少の頃習い、学生時代は吹奏楽部に所属し、クラシックや映画音楽が好きで、音大進学も考えていたといいます。
さらに、90年代に人気を博した小室哲哉プロデュースのシンセサイザー「EOS」を手に入れたことをきっかけに、ピアノ中心の音楽だけでなく、演奏や音楽制作への興味も広がっていきました。
当時を振り返り、こう話します。
「EOS があれば、自分も小室さんみたいな音楽がつくれるのかもしれない!と、さらにワクワクしました。今でも大切に実家にあります。」

しかし、受験の壁や環境の変化の中で、音楽の道を断念。
その後は社会人として、音楽業界の会社で仕事を経験します。
音楽の世界には関わりながらも、自分がアーティストとして活動する未来は想像もしていませんでした。
しかし、転職して社長秘書として働く中、転機が訪れます。
定時で帰れる安定した環境だったこともあり、副業としてレストランでのピアノBGM演奏や、知人の伴奏などを少しずつ始めました。
やがて、弾き語りライブに触れたことをきっかけに、自身も歌うことを始めます。
「歌ってみたら、意外と褒められたんですよ。それでちょっとやってみようかなって」
こうして、時々楽しくセッションを続ける中、思いがけない出会いがありました。
「たまたま知り合った人に、“どこでライブやりたい?”って聞かれて。その頃、芸能人も立っていると知っていたラドンナ原宿って答えたんです」
すると、その人が実際に会場を押さえてくれ、ライブが決定。
それに合わせてオリジナル曲も制作し、音楽活動は少しずつ本格化していきました。
憧れの存在・明石昌夫さんとの出会い
atsucoさんは長年、B’zの大ファン。
そのサポートメンバーとしても知られる音楽家、アレンジャー/ベーシスト明石昌夫さんに強い影響を受けてきました。
2作目のアルバム制作を考え始めたとき、心に浮かんだのはひとつの願いでした。
「どうしても、明石さんにアレンジしていただきたい」
その強い想いが縁をつなぎ、ついにコラボレーションが実現します。

副業として始めた音楽活動は、順調に広がっていきました。
しかし、その一方で常に立ちはだかっていた壁がありました。
それが、集客とお金の問題です。
リアルライブでは、
・会場費
・サポートミュージシャンのギャラ
・集客のプレッシャー
といった負担が常につきまといます。
「リアルライブは、正直プラスにするのが難しいです。
箱代もあるし、バンドの方にもお支払いしないといけないので」
それでも続けてきたライブ活動。
しかし、その場所さえも、コロナ禍によって奪われることになります。
オンラインライブとの出会い
コロナ禍でリアルライブができなくなり、atsucoさんは投げ銭型の配信アプリもいくつか試していました。
リモートワークになった仕事と並行して、副業として配信での音楽活動を続けていたのです。
しかし、コロナが落ち着き始めると状況は変わります。
仕事も徐々にリモートから出社へと戻り、配信に使える時間が少なくなっていきました。
投げ銭型の配信は、長時間の配信が必要になることも多く、次第に負担の大きさを感じるようになっていきます。
とはいえ、リアルライブを再開しようとしても、以前から感じていた集客やお金の問題がつきまといました。
そんな中で出会ったのが、事前チケット制のオンラインライブプラットフォーム「corom」でした。
・チケット制で収益が見えやすい
・会場費などの経費がかからない
・全国に届けられる
「毎月やっていきたいと思う中で、経済的にもとてもありがたかった」

ファンは少しずつ増えていった
オンラインライブを始めた当初、集客は簡単ではありませんでした。
最初のライブでチケットを購入してくれたのは、2名でした。
そこから少しずつSNSで告知をし、
知り合いにも「私は今、本気で音楽活動をしています」と連絡
そして、毎月ライブを重ねながらファンを増やしていきました。
チケット購入者の中には、別の配信アプリから応援してくれた人も
「直接会ったことはなくても、ずっと応援してくれてる方も多いんです」
ファンの方が応援動画を作ってくれたり、ライブの目標を一緒に追ってくれたり。
「一人でやっているというより、みんなで一緒に作っている感じなんです」
日常の小さな幸せを歌にする
atsucoさんの楽曲には、ひとつの共通したテーマがあります。
それは「日常」です。
大きな夢や特別な出来事ではなく、日々の小さな幸せを歌にする。
「例えば、今日カレーが食べたいと思ったら、カレーを食べればいいじゃないですか。
それだけで幸せだったりするじゃないですか」
そんな何気ない日常を、音楽を通して共有したい。
その想いは、最初のアルバム『fantastic』の頃から変わっていません。
「音楽って、なくても生きていけるかもしれない。
でも、あるとちょっと楽しくなるものだと思うんです」
だからこそ、atsucoさんのライブは、一緒に楽しい時間を作る空間を1番大切にしています。
「私の音楽いいから聴いて下さいっていうタイプのアーティストにはなりたくなくて。
みんなで“音楽って楽しいよね”ってhappyを共有できたらいいなと思っています」

明石昌夫さんの死と、音楽を続けられなくなった日
しかし、順調に見えた活動の中で、大きな出来事が起きます。
敬愛する音楽家、2025年5月に明石昌夫さんが亡くなったのです。
「これから一緒にやっていこうと思っていたのに」
様々な仕事を一緒に進めていこうとしていた矢先、突然の別れでした。
初めての大きな喪失感。
ショックのあまり、音楽活動だけでなく、しばらく何もできなくなりました。
「曲を聴くだけで思い出してしまって…」
正社員の仕事も手放し、自分の道を歩き出したばかり。
憧れの明石さんとは、これからやりたい仕事をたくさん話していました。
その明石さんとの活動を軸にしていたからこそ、目標を失ってしまったのです。
「もしcoromがなかったら、音楽を続けられてなかったかも」
オンラインライブという場所があり、
待っていてくれるファンがいる。
それが、少しずつまた歩き出せた理由だったといいます。
「大丈夫ですか?」
「ライブで泣いてもいいんですよ」
そんな温かい言葉が、支えになりました。

100席から200席へ。そしてZeppへ
今、atsucoさんは
今年10月のZepp DiverCity(TOKYO)出演を目指し、毎月オンラインライブを続けています。
もちろん簡単ではありません。
「正直、毎回大変です」
それでも一歩ずつ。
55席
100席
118席
そして、200席へ。
「いきなり何千人とかは無理じゃないですか。だから一歩ずつなんです」
その積み重ねの先にあるのが、Zepp DiverCity(TOKYO)でのライブ出演です。
corom主催のリアルライブという大きなステージを目指しています。
「私がZepp出演叶った際、明石さんにステージ共演をお願いしてました。
でも、それはもう叶わなくなってしまいました。
一番近くで尊敬していた人の急死、人の命の儚さを初めて知りました。
だからこそ、今あるチャンスを大切にして、しっかり掴みたいと思っています。」
今、悩んでいるアーティストへ
最後に、音楽活動を続けることに悩んでいる人へのメッセージを聞きました。
「今いただいているチャンスを大事にしながら、一つ一つ積み重ねていくことが大切だと思います」
最初から大きな舞台に立てる人は、ほとんどいない。
でも、小さなライブでも、
オンラインでも、
音楽を届ける場所はある。
そうした積み重ねが、思いがけない出会いを生み、
やがて次のステージへとつながっていきます。
さらに、こんな言葉も印象的でした。
「人の命は本当に儚い…
やりたいことは後回しにせず、会いたい人に早く会いにいって下さい。SNSや自分次第でご縁が広がり、推しの方とご一緒できる時代ですから。」
副業から始まった音楽活動は、
今、Zeppという新しい舞台へ向かっています。
coromは、音楽を続けたいと願う人が、もう一度ステージに立つための場所。
もしあなたも音楽活動を続けたいと思っているなら、
新しいステージをここから始めてみませんか?
