業務命令で始めた楽器が人生を変えた。パラグアイ留学からオンラインライブまで、アルパ奏者の挑戦
「演奏は続けたい。でも、自分でお客さんを集めるのは苦手。」
そんな悩みを抱える演奏家は少なくありません。
南米パラグアイのハープ「アルパ」を演奏する、アルパ弾きJazminこと藤枝貴子さんも、その一人でした。
音楽専門学校でサックスを学び、就職先で偶然出会ったアルパに魅了され、単身パラグアイへ留学。
帰国後は路上ライブやホテル演奏を重ね、20年以上にわたって演奏活動を続けています。
一見、順調に歩んできたように見える演奏家人生。
しかし、その裏では「演奏はできても、自分でファンを増やすことには苦手意識があった」と振り返ります。
そんな藤枝さんが、新しい音楽活動に挑戦したことで、少しずつ変わり始めたものとは――。

サックスでの挫折と、アルパとの運命的な出会い
幼い頃から音楽が好きだった藤枝さん。
小学生でエレクトーンを習い始め、合唱部や吹奏楽部を経て、音楽専門学校ではサックスを専攻しました。
しかし、全国から演奏家を目指す人が集まる環境で、自分の実力に自信を失います。
「管楽器に関しては、ここまでなのかなというコンプレックスが生まれました」
卒業後は演奏家ではなく、楽器を支える仕事を志望しました。
就職氷河期で管楽器店への就職が決まらない中、紹介されたのが弦楽器を扱う会社です。
そこで業務命令として習い始めたのが、アルパでした。
アルパとは、南米パラグアイで広く演奏されているハープの一種。
初めて目の前で聴いたアルパは、藤枝さんが想像していた優雅なハープとはまったく異なるものでした。
情熱的で力強く、ハープから出ているとは思えないほど躍動感のある音色。
その演奏に衝撃を受け、仕事が終わった後も会社に残ってアルパを練習するほど夢中になりました。

会社を辞め、単身パラグアイへアルパ留学
アルパを始めて3年ほど経った頃、藤枝さんの中に「もっと自由に弾きたい」という思いが強くなります。
会社員生活のストレスも重なり、勤めていた会社を退職。
アルパの本場であるパラグアイへの留学を決意しました。
当時は海外に行った経験がなく、飛行機に乗るのも初めて。
スペイン語もほとんど話せない状態でした。
それでも、「自分が納得できる演奏ができるようになりたい」という思いでパラグアイへ渡ります。
現地の先生の前で、それまで3年間練習してきたアルパを披露すると、返ってきたのは厳しいダメ出しでした。
しかし藤枝さんは、そこで落ち込むのではなく、「この先生に習えば、自分が理想とする演奏に近づける」と感じたといいます。
2度の留学で、滞在期間は合計約2年。
現地のラジオ番組や演奏活動にも参加し、アルパ奏者としての基礎を徹底的に身につけました。

帰国翌日から路上ライブ。アルパで生きる道をつくる
最初のパラグアイ留学を終える際、現地の先生に「日本に帰ったらどうするのか」と聞かれた藤枝さんは、アルバイトをすると答えました。
すると返ってきたのは、「アルパを路上で弾けばいい」という言葉でした。
先生は自身のスタジオで藤枝さんのCDを制作。
「日本に持ち帰って、路上でアルパを弾きながら売ればいい」と背中を押してくれました。
帰国した藤枝さんは、その翌日に地元の駅前で路上ライブを開始します。
当時、ギターの弾き語りをする人はいても、路上でアルパを演奏する人はほとんどいませんでした。
珍しい楽器の音に足を止める人が現れ、持ち帰ったCDも売れました。
その後は東京都のヘブンアーティストに合格し、上野公園などで週に数回演奏。
路上ライブを見た人から、イベントや企業のパーティー、ホテル演奏などの依頼が入るようになります。
依頼先でさらに別の依頼を受け、人との縁が数珠つなぎに広がっていきました。
「人と人とのつながりで、この20年以上やってきました」
最初から音楽で稼ぐための明確な計画があったわけではありません。
目の前の演奏機会を一つずつ大切にした結果、アルパで生きる道がつくられていったのです。

コロナ禍で演奏の場を失い、オンラインライブへ
長く続いていた演奏活動は、コロナ禍で一変します。
ホテルやイベント、高齢者施設など、リアルの演奏依頼が一気になくなりました。
藤枝さんは新たな活動の場を求め、ライブ配信を開始。
約3年間、定期的に配信を続けました。
生活環境の変化や「やり切った」という感覚から一度は配信を卒業しましたが、オンラインでアルパを届けることへの関心は残っていました。
そんな時、以前の配信活動で知り合ったアーティストから紹介されたのがオンラインライブプラットフォーム「corom」です。
話を聞くだけのつもりが、その場で初回のオンラインライブの日程まで決定しました。
「来た波には抗わず、とりあえず乗ってみる」
これまでも偶然の出会いや突然の依頼をきっかけに道を開いてきた藤枝さんらしい形で、新しい音楽活動が始まりました。

避けてきた集客と向き合い、捉え方が変わった
藤枝さんのこれまでの活動は、依頼を受けて演奏することが中心でした。
依頼された場所へ行き、求められた人にアルパを届ける。
それに対し、coromでは自分でオンラインライブを企画し、チケットを案内して、お客さまを集めます。
それは、藤枝さんが長く避けてきた活動でした。
「時間もお金も使って来てもらうのが申し訳ないという気持ちがありました」
自分からチケットを案内することを、売りつけているように感じていた時期もあったといいます。
しかし、オンラインライブを続ける中で、その捉え方が変化しました。
無理に誰かを呼ぶのではなく、自分のアルパを届けたいと思う人に、ライブの情報を一つずつ伝えていけばいい。
チケットを売ることは押し売りではなく、必要な人にライブの存在を知らせることだと気づいたのです。
今でもDMを一通書くのに30分ほどかかることがあり、集客への苦手意識が完全になくなったわけではありません。
それでも、「一つひとつ、きちんと届けていけばいい」と考えられるようになり、集客に対する気持ちは大きく変わりました。

ファンづくりは、自分も好きになれる人と出会うこと
藤枝さんは、ライブに来てくれる人について「私自身が、お客さま一人ひとりのファン」と話します。
ファンづくりとは、自分を一方的に応援してくれる人を増やすことではありません。
アルパの音楽を通して出会い、自分も好きになれる人との関係を育てていくことです。
coromでは、普段なら接点のないジャズや、異なるジャンルのアーティストともつながりました。
音楽のジャンルや住んでいる場所、仕事や立場を超えて、一緒に演奏を聴き、会話を楽しめる関係が生まれています。
藤枝さんが目指すオンラインライブは、ただアルパを聴いてもらう場所ではありません。
「安心してそこにいられる、サードプレイスのような場所にしたい」
演奏者と観客という関係を超えて、同じ時間を心地よく過ごせるコミュニティをつくること。
それが現在の藤枝さんのファンづくりです。

音楽を諦めかけている演奏家へ。「誰に届けたいか」を考える
最後に藤枝さんは、音楽活動を続けるか迷っている人へ、こう語りました。
「音楽は、必ず誰かに届けるものだと思います。自分の表現の力を誰のために使いたいのかを、もう一度考えてみてほしいです」
音楽を聴きたい人は、演奏家が思っている以上にたくさんいます。
藤枝さんがアルパを演奏する高齢者施設でも、音楽を聴く前と後では、利用者の表情が大きく変わるといいます。
自分がやりたいという思いだけでは、前に進めなくなる時もあります。
そんな時は、自分の音楽を待っているのは誰なのか、どんな人に届けたいのかを考えてみる。
会社の業務命令で偶然出会ったアルパが、藤枝さんの人生を大きく変えたように、音楽を続ける道は、思いがけない出会いの先にあるのかもしれません。
coromは、音楽を諦めきれない人が、もう一度歩き出すためのステージになれる場所です。
あなたも仲間に加わりませんか?
